2024/06/19 18:33
Special Interview vol.1
米澤仁雄 [ 海峡蒸溜所 | 明石酒類醸造株式会社 代表取締役 ]
江戸末期より醸造業(醤油製造)・両替商・米穀商を営み、大正7年、兵庫県明石市にて創業した明石酒類醸造株式会社の現代表、米澤仁雄社長。創業以来、伝統と革新を重んじながら、明石の地で酒造りを続けてきた。そして今、新たに挑戦しているのは、今までにない日本のアイデンティティを持ったジャパニーズウイスキー造りだ。米澤社長が描く世界観と、emten - tumbler について語っていただきました。
初心者がやるような基本を、同じ味を出せるようになるまで幾度も繰り返す。
ウイスキー造りは、野球でいうと”キャッチボール”の毎日。
「”いつか、ウイスキーかウォッカを造りたい” 。それが祖父の夢でした。」
元々は蒸溜酒の製造を核にスタートし、その後は日本酒やリキュールといった醸造酒の製造を続けてきた明石酒類醸造。現社長である米澤仁雄氏が海峡蒸溜所を立ち上げウイスキー造りを本格的にスタートしたのは、2017年のことだ。自社の日本酒を海外へ広める中で、縁があり、蒸溜酒の世界へ飛び込んだという。心の奥にあったのは、先代の代表である祖父の想いだった。
ウイスキー造りには、大きく4つの工程がある。1つ目に発酵、2つ目に蒸溜、3つ目に熟成(貯蔵)、そして最後がブレンドの工程だ。同じ酒造りでも、これまでやってきた日本酒をはじめとする醸造酒のそれとは、まったく性質が異なる。スコットランドのシスター蒸溜所に毎年通い続け、その知見を日本に持ち帰り研究開発を進めているという。その徹底ぶりには、目を見張るものがある。
「経験を積むことが非常に重要です。例えば、熟成。樽の中は、見ることができません。良いと思って5年間熟成させて、樽を開けた時、そのウイスキーが市場には出せないクオリティだったらーー。費やしてきた5年分がすべて水の泡になってしまう。不十分なものを、市場に出すわけにはいきません。知見をためるには日々検証し、研究し続けることが必要です。学びは尽きません。」
「指揮者のようにハーモニーを奏でて、いかに良い音をつくるか。それが”ブレンド”には求められます。」
海峡蒸溜所では現在、ウイスキーの原酒を海外から取り寄せ、日本で樽熟成した後にブレンドした「波門崎(はとざき)」を販売している。明石の地で一から造り上げた完全オリジナルのウイスキーを発売できるのは、2026−2027年頃になる予定だ。
「樽を開けたとき、ウイスキーが毎回同じ状態だとは限りません。ボトリング時に、前回と今回の味わいが違ってしまうのでは、ブレンダーとして失格です。だからこそ、ウイスキー造りでは、キャッチボールのように基本をやり続けることが重要なのです。色々なことに手を出してしまうと、本当に造りたい味がぶれてしまっていても気がづかない。毎回同じ味に仕上げられるようになって、初めて次のステップに進めると考えています。」
「海峡蒸溜所でしか生み出せない、唯一無二のウイスキーを造りたい。」
明石で生まれ、明石で育った米澤社長。大学進学を機に上京し、その後サラリーマン時代を経て32歳のときこの地に戻ってきた。生まれ育った故郷には、いつも瀬戸内の海と豊かな自然があった。
「嗜好品は、最高の贅沢品です。ウイスキーの味も、好みは人それぞれ。そして好みは、その人のバックグラウンドが深く関係しています。例えば、海の近くで育った人と、山の近くで育った人では、心が落ち着くと感じる香りが異なっていても不思議はでありません。ウイスキーに関しても同じです。地形や気候、慣習、そして造り手によって、味わいが異なるのは当然のこと。私には、目指したいウイスキーの味があります。この明石の地で、他にはない唯一無二の”海峡蒸溜所のウイスキー”を生み出し、世界に挑戦したいと思っています。」
時代によって、ウイスキーの飲まれ方も変化する。
emten - tumbler は、現代の生活に寄り添う新しい概念のハイボールタンブラー。
「ハイボールは時代にあった飲み方。日本だけでなく、海外でも認知されつつあります。」
現在、ウイスキーを取り巻く状況が変化してきている。ハイボールという飲み方が日本において広く受け入れられ、ウイスキーを楽しむ人が激増し、今や確固たる市民権を得ている。ジャパニーズウイスキーも増え、世界でもブランド化している。
「はじめて日本酒を海外に持っていったとき、砂糖をたくさん入れて飲まれたことがありました。飲み方の好みは人それぞれ。だから、それ自体を否定することはありません。ウイスキーも同じです。炭酸で割る飲み方は、元来あまり良くないと思われてきました。しかし、良い面もあります。まず、割ることでアルコール度数が下がるため飲みやすい。そして実は、ハイボールにすることで、ウイスキーの良いフレーバーが出てくるというメリットもあります。何より、食事中にお酒を飲む文化が根付いている日本においては、とても相性が良いと言えます。」
「emten - tumblerは、既成概念を打ち壊す新しい概念のタンブラー。」
誰よりもウイスキーを研究し、挑戦を続ける米澤社長の目に、emten - tumbler はどのように映るのか。率直な感想を伺った。
「はじめは、酒器はガラスか陶器という既成概念が自分の中にありました。しかし、タンブラーを冷やす時間・行為自体を楽しむという発想は、非常に面白いと感じています。実際、周りのバーテンダーや海外の同業者に見せて意見を聞いたところ、ポジティブな回答がほとんどでした。新しいものには、最初は壁があるのは当然のことです。いかに価値を伝えていくかが重要だと思います。」
「ハイボールの性格から考えると、氷・炭酸・ウイスキーがいかにマッチしていて飲みやすいかがポイントです。emten - tumbler の場合、氷を入れないので、薄まらないのが良い。また、タンブラー自体が冷たくなるので、持ったときや唇をつけたときに、液体の感覚を感じられるのはとてもメリットです。落としても割れない点も、とてもサステナブルだと感じます。個人的な感想としては、ずっと触っていたくなる質感がすごく気に入っています。道具というのは、使えば使うほどに愛着が湧きますね。」
明石の地から、世界へ。
「明石の街全体が盛り上がらないと意味がない。みんなで魅力のある街にしたいと考えています。」
2019年に完成した「明石酒類醸造&海峡蒸溜所ビジターセンター」。しかし、コロナウイルスという思わぬ壁が立ちはだかり、実際にオープンできたのは2022年のことだった。もどかしい思いの中で、米澤社長自身の心境にも変化があったという。
「売上の約9割が海外への輸出ですから、元々は海外から来訪するお客さまに対して、日本のロイヤリティを感じてほしいという狙いで開業しました。しかし現在は、明石の情報発信拠点であり、人と人を繋ぐ場所としても機能させたいと考えています。実際に、地元の食品メーカーやレストラン、漁協とのコラボ企画なども実施しています。自分だけが成功しても意味がありません。明石全体を盛り上げ、魅力のある街にしていきたいと考えています。」
明石の地で、熱い想いが、呼応を続けていく。
撮影協力 / 一色暁生建築設計事務所
米澤仁雄 [ 明石酒類醸造株式会社代表取締役|海峡蒸溜所マスターブレンダー ]
Profile
1960年、兵庫県明石市で生まれる。
サラリーマン時代を経て明石へ戻り、明石酒類醸造株式会社4代目の代表を務める。
2017年より新たな挑戦としてウイスキーの製造に着手し、海峡蒸溜所をオープン。
撮影 / 松本和也
文 / 大塚真妃